米国のドキュメンタリー映画の凄さを知る「美術館を手玉にとった男」

邦題は「美術館を手玉にとった男」。このタイトルに導かれて映画を観た人は、男の才能に感嘆し、その言動を不可思議に思い、彼の心理という「なぜ」を解くミステリーに足を踏み込むだろう。

2011年、アメリカの美術館で大量の贋作が展示されていたことが発覚した。関わった美術館は、なんと全米20州、46館。30年にもわたって、自作の贋作を美術館に寄贈し続けていた男、それが、マーク・ランディスだった。

米国で1人で暮らす、細身の男。彼が創った贋作は、イコン、ピカソ、マルグリット、ディズニーなど、有名画家がずらり。そのクオリティーの高さとともに、明らかにされていく制作過程に唖然。思わず「すごい…」という言葉がこぼれる。彼の言動に触れ、多くの人間の視点は、何か“常識のようなもの”にとらわれて凡庸で精彩を欠いているのではないか、と感じさせられるほどだ。そして、金銭を受けとることなく「慈善活動家」として活動していた彼は、なんと、罪に問われることもなかったのだという。

また、本作では、米国でのドキュメンタリー映画という部門の成熟をも実感させられる。ランディス本人が自宅で贋作のつくり方を教えたり、彼の贋作に気づき、自らの人生を棒に振ってまで、その行動を止めようとしたマシュー・レニンガーの執着の生活を見たり。すべての展開が、ランディスを見つけ出し電話で接触して出会うところから始まっている。本人に向き合ったドキュメンタリーだということを知ると、このフラットな視点には、原題「ART AND CRAFT」がしっくりくる。

終盤、ランディスの希望の言葉に触れ、胸にこみ上げてくる自らの感情の複雑さに驚くかもしれない。いくつかの謎は、ランディスの個人的事情によるものが大きい。だが、美術界を震撼させる大事件であるにもかかわらず、それを超えて複雑に絡み合って存在するテーマは、「生身の人間」だからこその事実。多角的な視点で解説したパンフレットのコラムもいい。

渋谷「ユーロスペース」では、本作品は1月8日までの上映だった。だが、全国ではこれから上映する映画館もある様子。お近くの映画館で上映していたら、それはラッキーかもしれない。

映画「美術館を手玉にとった男」公式サイト
http://man-and-museum.com/