【アートな1冊】水墨画家の瑞々しい感性に魅了される。ベストセラー『線は、僕を描く』

『線は、僕を描く』砥上裕將(講談社 2019年)

講談社のメフィスト賞を受賞し、本作でデビューしたという現役水墨画家が描く小説が『線は、僕を描く』。書籍の発刊を追うように、コミックの単行本化もされており、書店で目にすることも多い本作は、2020本屋大賞にもノミネートされている注目のベストセラーだ。

交通事故で両親を失った大学生の青山霜介は、偶然出会った水墨画家の巨匠に気に入られ、弟子にされてしまう。巨匠・篠田湖山とその弟子たち、そして、孫娘の千瑛。生きることを忘れていたかのような主人公が出会った、水墨画の世界――。

自分の奥深くにしまい込んでいた想い。水墨画の線は、時にそれを雄弁に語る。瑞々しい言葉と画家の感性をもって、絵や命の本質を描いた本作は、言葉を持たない水墨画の世界を、小説として言語へと昇華したその芸術性にも魅せられることだろう。

水墨画の技法などを取り入れつつも、専門的になることなく、やさしい言葉で紡がれた物語。 精度の高い美しさを求める日々と、生きようという強い想いは、なぜ互いを必要とするのだろう。

水墨画家の世界に一歩足を踏み入れたような気持ちにさせてくれるとともに、軽やかに心の深部に迫る、読後感が心地いい作品だ。


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