国立新美術館の「ブダペスト ヨーロッパとハンガリーの美術400年」展を歩く

「日本・ハンガリー外交関係開設150周年記念
 ブダペスト国立西洋美術館 & ハンガリー・ナショナル・ギャラリー所蔵
 ブダペスト―ヨーロッパとハンガリーの美術400年」
                2019.12.4〜2020.3.16【国立新美術館】

「ドナウの真珠」とも称される美しい景色が広がり、その街並みが世界遺産にも登録されている、ハンガリーの首都ブダペスト。街の中央には南北にドナウ川が流れており、ドナウ川の西岸の「ブダ」と、その北側に位置する「オーブダ」、ドナウ川東岸の「ペスト」の3つの町が1873年に合併して生まれたのがブダペスト市だという。

オーブダには古代ローマ時代の遺跡が残っており、ブダにあるドナウ川を望む丘に建つ王宮は街のシンボリックな存在。ペストには19世紀末から20世紀にかけて作られた街並みがレトロな魅力として残っているのだそう。ヨーロッパのほぼ真ん中で各時代とともに生きてきた街に思いを馳せる展覧会が、今、開催されている。

「ブダペスト」展の正式なタイトルは、とても長い。そして、ここには2つの美術館の名称が記されている。
ドナウ川東岸の英雄広場にある「ブダペスト国立西洋美術館」は、エステルハージ家ほかハンガリーの貴族に由来するコレクションを所蔵し、ハンガリーのみならずヨーロッパ美術のための美術館として1905年に開館した。
そして、ドナウ川西岸のほとり、丘の上のブダ王宮の城内にある「ハンガリー・ナショナル・ギャラリー」は、ハンガリー美術専門の機関として1957年に設立したものだ。

収蔵する分野に共通するものがあったこの2つの美術館は、2012年に1つ組織として統合され、現在、コレクションの再建が進められているという。この両者のコレクション展として本展は開催されている。

ハンガリーの芸術とは、どういうものだろうと思いながら展示室に入ると、構成は大きく「Ⅰルネサンスから18世紀まで」と「Ⅱ19世紀・20世紀初頭」に分かれていた。そこであらためてサブタイトルが「ヨーロッパとハンガリーの美術400年」であることに気付いた。展示は、西洋美術史の流れを体感するかのように展開し、そのテーマを象徴するかのように、クラーナハ、ティッツィアーノ、エル・グレコ、ピサロ、ルノワール、モネなどの作品が存在している。Ⅱ章19世紀・20世紀初頭の「レアリスム―風俗画と肖像画」の中で、ハンガリーの画家としてひときわ輝く存在であったのが、シニェイ・メルシェ・パール(1845―1920)だ。

貴族の家に生まれたシニェイ・メルシェ・パールは、パリではなくミュンヘンで美術を学び、外光派という言葉を知ると、屋外で作品制作を始めたという。フランスとは遠く離れた場所で、印象派と同じように陽光の下で描くことを独自に追求した画家だという。

草原の中に座る新妻を描いたとされる《紫のドレスの婦人》(1874年、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー)は、発表当時、画壇に受け入れられることはなかったそうだが、市民からの人気は高く、“ハンガリーのモナ・リザ”とも呼ばれているという作品だ。
土が地肌を見せているような草むらに盛装をした女性が座っているという光景は不思議でもあると同時に、何よりもその色使いの斬新さを感じるものだ。草の緑に花の黄色、空の青と雲の白の世界に調和することなくたたずむ女性は、異質感を投じるかのように紫のドレスを纏って、圧倒的に存在している。この作品から目が離せないのは、この存在感ゆえなのだろうか。

同じ展示室の中に、シニェイ・メルシェ・パールの作品があと2作展示されていた。それは、《ヒバリ》(1882年、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー)と《気球》(1878年、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー)。そのいずれもが白い雲がかかる青空を画面の大部分を使って描いている。《紫のドレスの婦人》にも空と雲が描かれていた。シニェイ・メルシェ・パールは、なぜこんなにも雲と空を描いたのだろうか。

《ヒバリ》の画面の中、花咲く草原の上で、こちらに背中を向けて寝転ぶ裸の女性は、頬杖をついて空を舞うヒバリを眺めている。青空には、小さなうろこのある鰯雲のような雲や薄雲が広がり、なかにはぽっかりと浮かんでいる雲もある。ヒバリは、 青空の雲のない部分を高く飛んでいる。まるで何かから抜け出すかのように。マネの《草上の昼食》(1863年、オルセー美術館)を思わせるこの作品を目にした時、《紫のドレスの婦人》の意図が少し分かったような気がした。

「日本・ハンガリー外交関係開設150周年記念」と題して開催されている本展。150年前に始まった外交関係とは、1869(明治2)年に日本とハンガリー=オーストリア帝国との間で結ばれた日墺修好通商航海条約を意味している。その後、世界とヨーロッパの大きな動きの中にあって、2019(令和元)年現在、EU加盟国となっているハンガリー。そんなハンガリーとその美術に触れ、美しい街ブダペストに行ってみたくなる展覧会だ。

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国立新美術館東京都港区六本木7-22-2
http://www.nact.jp
〈ブダペスト展公式サイト〉
https://budapest.exhn.jp
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