そこに何が見える?鏡のような絵画に出会う。映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」

ネーデルランドで活躍したヒエロニムス・ボス(1450頃-1516)は、初期フランドル派の画家。イタリアのルネサンス期を牽引したレオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同時期を生きた人物だが、その絵画は、まさに奇想ワールド。彼の作品は、ブリューゲルやダリなどにも影響を与えたと言われている。

ボスの作品の中でも、最高傑作とされ、その主題について長く決定的な解釈がなされていないという絵画、それがプラド美術館所蔵の<快楽の園>だ。蝶番で折りたたむように閉じられた三連祭壇画の扉を開けると、左扉の内側には、アダムと、エヴァの手を引く神が描かれている。動物たちもゆったりとしているように感じられるこの場面は、楽園もしくはエデンの園なのだそう。

一方、右側の扉の内側は、巨大な楽器が登場するシュルレアリスム(超現実)のような地獄だ。グロテスクなその絵の中に、夢主であるかのような男性の顔が覗く。そして、中央の画面には、巨大な果実や動物と戯れるたくさんの男女。寓話のような奇怪な世界が広がっている。

この3つの場面のすべてにおいて、人々の表情には不思議なほどに感情がない。敬虔なキリスト教信仰を表明しているボスだが、肯定とも、否定とも感じとることができない表情に、作品意図の謎は、より深まる。

映画では、このたった1つの作品について、美術史家、歌手、作曲家、作家、画家、指揮者、写真家、現代美術家、美術館長、哲学者、歴史家、漫画家、音楽学者、アーティストなどの専門家がそれぞれに感じたことを話していく。そこに見えるのは、国籍も性別も職業も様々な人々の、異なる捉え方。また、世界中から来館した一般の鑑賞者の表情をそのまま映し出すことも、このドキュメンタリー映画の要素の1つだ。本編では、赤外線調査で消された下絵が判明したり、絵画の中に悪魔の音階を発見するなど、興味深い事実も登場するのだが、それは映画の主軸ではなかったことを知り、そして、彼らの言葉のすべてが伏線であったかのように、ドキュメンタリーは終わる。ここで、ヒエロニムス・ボスが描いたもう1つの視点を知り、ぞっとする思いがしたのは、きっと私だけではないだろう。

この映画は、ドキュメンタリーとしては邦題よりも原題「BOSCH The Garden of Dreams」のほうが、しっくりくるようだ。あらためて強く感じる、複数形「Dreams」の多様性。

神や悪魔までも内在する<快楽の園>。その扉を閉じると、そこには、空や静かな地平を包み込んだ球体が現れた。これは、天地創造の場面なのか、いや人類が滅びた後なのか。映画のキャッチフレーズである「この世は地獄か?天国か?」と、ボスの科学者のような視点が、観終わった後により深く謎を残すのだ。

 

映画「謎の天才画家ヒエロ二ムス・ボス」オフィシャルサイト

http://bosch-movie.com