国立新美術館で『ルーブル美術館展』(2015.2.21~6.1)がはじまった。
パリからはるばるやってきた80点もの名画たち。展示室に入り、まず驚いたのは、17世紀に描かれたはずの絵画の色合いの鮮やかさ。「修復技術も、超一流なのだろう…」これが、私の今回の「LOUVRE」の第一印象となった。
そういえば、先日、お仕事でお会いした方がフランスに行った話をしてくれたのだが、その際に、口をついて出た質問は、「ルーブル美術館にも行かれたのですか?」だった。「行った。行った。混んでたよ!」「わあ~、行ってみたい!」それは意識の根底に眠っていたルーブルへの憧れが、むくむくと顔を出した瞬間だった。実は、この文章を書きながらも、ウェブで「パリツアー5日間」という文字を見つけてしまい、そのワクワク具合に自分でも驚いていたりする。
つまり、今回の目的は、決して「フェルメール」ではなかったのだ。だが、展覧会の企画構成は、近年日本でも人気の高いフェルメールの作品の1つ『天文学者』の“初来日”からスタートしているように思われ…。そして、結果として、その絵画の魅力が、ずば抜けていることを実感することとなる。
フェルメールの作品が相次いで来日した、2012年。いくつかの展覧会に足を運び、“光の魔術師”の腕に感嘆した。生涯で30数点しか残していないという作品は、現在、世界各地に点在している。
最初は宗教画を描いていたフェルメールだが、のちに、風俗画が中心になったとのこと。ヨーロッパ絵画では、人々の日常を描く「風俗画」は、もともと「宗教画」よりも評価の低いものだったが、のちの宗教画の衰退と相まって、描かれる機会も多くなり、寓話的・道徳的な裏テーマが盛り込まれることも増えていったのだそう。
今回の展示では、その姿が神々しくさえ感じる「物乞いの少年<蚤をとる少年>」(ムリーリョ)、いかがわしさも見事な「抜歯屋」(ホントホルスト)など…、高貴なルーブル美術館のイメージとはかけ離れた、庶民の日常に触れる作品の数々が興味深い。
“日常”を描く「風俗画」からは、当時の様々な階級の生活が垣間見られ、我々とさほど変わらぬ人間としての日常があったことを知ることができる。欲を持ち、恋愛やレジャーを楽しむ生身の人間の姿。そこに、風刺や道徳的な意味を堂々と入れるということが、極めてヨーロッパ的であるように感じられた。
展示室を1つ1つ進み、時代背景を踏まえた上で出会った、フェルメールの「天文学者」。まず、他の作品にもよく使われる、左側からのやわらかな光に目を奪われる。手の表情や、布の質感も、精緻としか言いようがない。もし他に人がいなければ、ずっと見ていたい。そう、展覧会の意図や、絵画の時代背景、創作ジャンル、風刺や道徳的な意味合いなど…それらのすべてを捉え、そして、そのすべてをひょいっと超越して、1枚の絵はそこにあった。
第2次世界大戦中には、ナチス・ドイツに押収され、裏面には鍵十字が刻印されたという「天文学者」。その運命を思えば、東京で出会えることは、まさに奇跡のようにも思える。