「百日紅(さるすべり)〜Miss HOKUSAI〜」と東京都美術館の「大英博物館展ー100のモノが語る世界の歴史」

「この1000年間に偉大な功績を残した世界の人物100人」(米国Life誌、1999年)に、日本人で唯一選ばれた『葛飾北斎』。

現在、米国のボストン美術館では「HOKUSAI展」(8/9まで )が開催され、上野の東京都美術館で開催中の「大英博物館展ー100のモノが語る世界の歴史ー」(6/28まで)にも「北斎漫画」が登場。国内でよりも、海外で賞賛される場面が多いジャポニズムの代表のような存在だ。

だが、江戸で暮らす北斎の姿といえば、〝家はちらかしっぱなしで、食器1つない〟〝生涯で93回の引っ越し〟〝36回の改名〟〝家の壁には「おじぎ無用」「みやげ無用」の紙が貼ってあった〟など、変人エピソードには事欠かない。

90年にも及ぶ長い生涯で、80歳を過ぎて猫1匹うまく描けないと泣いて悔しがり、臨終に際しては「天が後10年、いや5年でも良い。後5年寿命を下されたなら、私は本当の絵が描けるのだが(天我をして十年の命を長らわしめば…天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得べし)」と言ったという。

6歳の頃から物の形状を写す癖があったと自ら記しているように、一見独創的と思われる作品にも、花や葉を精密に描き写す写実が基にあり、人物を描くには骨格を知らなければ、と接骨家に弟子入りしたことを思えば、真の絵が描きたいという情熱を貫き通したストイックなまでの〝画狂老人〟ぶりには、絵師としてのプライドの高さが伺える。

「大英博物館展」で見た『北斎漫画』には、ヨーロッパに渡り影響を与えたとの説明があったが、個人的には、これは元々〝粉本(ふんぽん)〟つまりお手本として描いていたものが、木版により副次的に本として流通したもののように思われた。ありとあらゆるものを描いた自身の画力の向上を目的とするとともに、おそらく、多くの弟子への見本ともなったものではないかと思う。

生まれもっての奇才か、努力の超人かーー。いや、その両方を体現したもの。それが、3万点にもおよぶ版画や肉筆画であり、まさに 「絵は人なり」なのだろう。

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本日公開の「百日紅(さるすべり)〜Miss HOKUSAI〜」は、北斎の娘・お栄(応為)を主人公に描かれるアニメーション映画。北斎が暮らす江戸の町の情景がありありと伝わる作品だ。

現在と比較したくなる広々とした大川(隅田川)と土手。両国橋の下を行き交う船、澄んだ川の水。立体的によみがえる吉原と大門。風情を大切にした家、屋敷。

そして、何よりも秀逸だったのは、季節を感じる「風にゆれる風鈴」「もりもりと咲く花」、心に響く「感触までよみがえる雪」「屋根にあたる雨」、まるで生活しているかのような「畳を歩く人」「着物の裾さばき」…などの音だった。アニメであることを最大限生かした、五感で触れる映像作品は、これまで、見たくても見ることができなかった、生きている江戸の町をそこに生み出していた。

本作は、杉浦日向子原作の映像化。北斎が描いた「芝居」「花魁」「様々な職業の人々」とともに、実在しないはずの「龍」や「仏」、「お化け」を確かに江戸に存在させることに成功していることも興味深い。そして、春画の要素は原作より少なめ。

浮世絵がもらたしたジャポニズムは、今、アニメーションがその役を担っている。世界の視線を感じながら、いつか見た絵の、その奥の世界へーー。

 

現在、両国に建設中の「すみだ北斎美術館」は、来年開館予定。これから数年、まだまだ注目を集めそうな、葛飾北斎だ。