この一瞬を愛おしむ、木版画。「小原古邨」太田記念美術館

「小原古邨」2019.2.1~3.24【太田記念美術館】〈前期:2019.2.1~24/後期:3.1~24〉

「まるで肉筆画のよう」
小原古邨の作品を前にこう思う。
ふんわりと描いたような細やかな動物の毛。
筆の擦れや滲みに似た日本画を思わせる枝や葉。

明治末期から昭和にかけて活躍した小原古邨(1877~1945)は、元々日本画家。明治38(1905)年頃から木版画による花鳥画制作に携わり、その多くは海外で販売されたという。平成30(2018)年、茅ヶ崎市美術館で開催された展覧会が注目を集め、海外で人気が高いにもかかわらず日本ではあまり知られていなかった人物として紹介されたのも記憶に新しい。その小原古邨の展覧会が、現在、初めて東京で開催されている。

古邨の鳥や動物は、生き生きとして可愛らしいのが特徴だ。一瞬を愛おしむかのように切り取られたいきものの一場面。鳥は今にも動き出しそうな様子で何かを見つめ、猿や猪までもやさしい表情をしている。画面には動きと臨場感がありつつ、見る者には情緒と安らぎをもたらしてくれる古邨。余白や構図までも美しい木版画に、惚れ惚れする。精緻で、モダンで、どこか懐かしい、その絶妙なバランスも見どころ。前期と後期ではすべての作品が入れ替わるというので、お目当ての作品が登場する期間は要チェックだ。

作品のクオリティーにバラつきがないのは、古邨のセンスはもちろん、彫師や刷師の極めて高い技術によるものなのだろう。複数の目や手を通した、品質の高さが感じられる。本展に展示されている明治期の古邨の肉筆画稿は、色鮮やかな絹本着色。古邨が描いた綺麗な画稿だ。だが、これはやはり原稿。風情を感じさせる工夫はなく、絵の具の質感も強いようだ。作品が完成するまでには、ここからまだいくつもの工程を経なければならない。

刷り残した部分で表現する雪には、立体感を出す「きめ出し」。鳥の羽を浮き立たせているのは「空刷り」。胡粉で刷ったり、極細の毛彫りを用いたりと、多彩な技法で生み出す“雨”。日本画と浮世絵双方に通ずる木版画技法の洗練は、見ているのも楽しい。

一方、昭和に入り、作品の雰囲気ががらりと変わるのも印象的だ。祥邨の画号で渡邊版画店から刊行されたのは、強い色を使ったモダンな新版画。そこには新しい時代の到来とともに、版元の意向とプロデュースがあることに気付かされる。

「まるで肉筆画のよう」この言葉は、展示室を出る頃には適切ではないように感じられていた。
“木版画はその表現力において肉筆画にはかなわない”という思い込みが、自分にはあったのではないか、と。

世界を魅了した、アルチストとアルチザンのコラボレーション。
いきものへのあたたかな眼差しで小原古邨が捉えた美、そして、決して名乗ることもない職人の精度の高い仕事に、日本らしさを知る。

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太田記念美術館
東京都渋谷区神宮前1-10-10
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp
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