映画「エルミタージュ美術館 美を守る殿堂」と「大エルミタージュ美術館展」

世界三大美術館の1つであるエルミタージュ美術館は、ロマノフ王朝のエカテリーナ2世のコレクションに始まる。のちに大帝とも称されるエカテリーナ2世は、北ドイツの小貴族の娘として生まれ、ロシア皇太子妃となる際にロシア正教で洗礼を受けエカテリーナに改名。夫であるピョートル3世に対して無血クーデターを起こし、自ら即位したというエピソードを持つ女帝だ。

軍事力のみならず文化水準でも西欧諸国と肩を並べるべく、エカテリーナ2世はロシアの莫大な財力を使って超一流の芸術作品を収集した。フランス語で“隠れ家”を意味する「エルミタージュ」。2000の部屋を持つという巨大なエルミタージュは、かつてロマノフ王朝の王宮であった。当時、王宮のすぐそばを流れるネヴァ川の岸からは続々と美術品が運び込まれたのだという。エカテリーナ2世が「ねずみと私だけが鑑賞できる」と言ったエルミタージュの芸術は、現在万人に開かれている。これまでの250年、いったいどんなことがあったのか――。

美しい映像で美術館の作品をリアルに映し出し、スタッフの想いやその歴史に迫る映画は、これまでにいくつか観てきた。それぞれに素晴らしいものだったが、イギリスの女性監督が手掛けた映画「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」は、これまでの作品とは明らかに違っている。至高の芸術を映し出す華やかな一面と同時に、美術館で起こったその過酷な歴史までもドキュメンタリーとして描き出しているのだ。

10月革命の冬宮襲撃や、第二次世界大戦のドイツ軍による900日に渡るレニングラード包囲戦に遭い、ロシアの歴史に翻弄されてきたエルミタージュの人々。彼らは、そのたびにモスクワやウラル山脈に作品を疎開させ、地下に隠すなど、戦火や略奪から収蔵品を守り続けた。食べものがない時には革のベルトや飼い猫も食べた話なども語られるが、そんな状況下でも、学芸員たちは地下にこもって中世のように口伝えで作品の情報を伝えた。前線から戻って美術館を訪れた兵士には、疎開して額縁だけになった作品の前で「これはレンブラント。これは…」などと説明したのだという。

その後のスターリン時代にも、エルミタージュの学芸員には強制収容所に送られるなどの苦難が続いた。「父は帰ってきませんでした」という女性スタッフの言葉と当時繰り広げられた想像以上の出来事に胸が詰まる。西洋美術の名だたる作家の作品が集まるエルミタージュ美術館だが、ナチスから保障として奪った作品を1995年になってやっと公開したことなど、きれいな面だけでない描き方が興味深い。

現在、六本木の森アーツセンターギャラリーでは「大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち」(2017.3.17-6.18)が開催中。映画にも登場するスネイデルスの《鳥のコンサート》を観ることができるほか、スルバラン《聖母マリアの少女時代》、ムリーリョ《受胎告知》、フラゴナールが義妹で弟子のマルグリット・ジェラールと共作した《盗まれた接吻》、クラーナハ《林檎の木の下の聖母子》など、西欧各国の巨匠たちの作品に魅了されるとともに、あらためてエルミタージュのレベルの高さを実感する。

これらの作品は、いったい誰に何処で観られるために描かれたのだろう。国の権力、戦争や略奪とはまったく無縁であるかのように、作品はただそこにあり、東京で人々の心を癒している。

映画「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」公式サイト

「大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち」2017.3.18-6.18【森アーツセンターギャラリー】