近衛文麿の旧邸「荻外荘」
荻窪駅の南側、閑静な住宅街に佇む荻外荘(てきがいそう)は、三度にわたり内閣総理大臣を務めた近衛文麿が1937(昭和12)年から1945(昭和20)年に自決するまでを過ごした場所であり、太平洋戦争に向かう緊迫した時期に行われた荻窪会議の舞台でもある――。

2016(平成28)年に国の史跡に指定された荻外荘は、近衛文麿が居住していた当時の姿に復原・整備するプロジェクトを経て、2024(令和6)年12月に杉並区立の「荻外荘公園」として開園、一般公開された。
靴を脱いで建物の中に入ると、まるで近衛邸の来客になったかのような心持ちになる。

床の敷瓦や天井画、螺鈿細工のテーブルなど中国風の意匠が美しい応接室、荻窪会議が行われた歴史の舞台でもある客間、そして、近衛文麿が自決した当時の姿を今もとどめる書斎――。教科書の中にあった出来事が目の前にある、本物の凄みを感じる空間だ。
荻外荘は、もともと1927(昭和2)年に東京帝国大学医科大学教授で大正天皇の侍医頭も務めた入澤達吉の別邸として建てられた建物であり、当時は「楓荻荘」と呼ばれていた。「荻外荘」と命名したのは元老・西園寺公望であり、1947(昭和22)年から翌年までは退陣した吉田茂が仮住まいとした場所でもあったという。

2025(令和7)年7月、道の向かいに荻外荘展示棟がオープン。建築家・隈研吾氏が手掛けた展示棟はモダンでありながら格調の高さを感じさせる多角形の屋根が印象的で、1階はショップとカフェ、2階は展示室。
ここは鉱山学者・実業家の山田直矢が所有し「山田別荘」と呼ばれていた場所であり、この地で大切にされてきた樹木も残されている。
展示棟では、別荘地として知られた荻窪について知ることができるほか、カフェでは庭を眺めながら地元の銘店のお菓子や飲み物を楽しめる。
静寂の中に鳥がさえずりが響く日本庭園「大田黒公園」
樹齢100年を超える銀杏の並木道を抜けると、そこに広がるのは池泉回遊式日本庭園。季節ごとに花や木々が彩りを添え、静寂の中に鳥のさえずりが響く大田黒公園は、まさに都会のオアシスだ。
大田黒公園は、日本で初めて音楽評論家というジャンルを確立した大田黒元雄の屋敷跡を杉並区が回遊式日本庭園として整備して1981(昭和56)年に開園。日常の喧騒から離れてひと息つけるスポットとして人々に親しまれている。
記念館として公開されている旧大田黒家住宅洋館は、2016(平成28)年に国の登録有形文化財に登録された。ここでのサロンコンサートは、大田黒元雄愛用のスタインウェイ製のグランドピアノの音色に触れる貴重な機会にもなっている。
文化活動の拠点として人々に親しまれる「角川庭園」
角川書店の創業者であり俳人でもあった角川源義の邸宅を寄贈された杉並区が整備し、一般公開しているのが「角川庭園」。近代数寄屋造の邸宅「幻戯山房」は国登録有形文化財に登録されている。
かつて応接・書斎だった部屋は展示室になっており、食堂・居間だった空間は詩歌室1、寝室だった部屋は詩歌室2として貸し出しが行われているほか、庭では俳句を詠むために植えられた樹木や草花が四季折々に楽しめる。訪れた日にはちょうど茶室でお茶会が開催されていた。

かつて暮らした人の個性が滲み出る、邸宅という存在。
それぞれに違ったアプローチで魅力に触れることができる3つの庭園だ。